先日、
お昼ご飯を食べようと“
富士そば”に入りました。
そばにトッピングとして、
“イカゲソ天ぷら
(150円;ちょっと高いかな)”
を頼みました。
イカゲソ天そばを食べてみて、
“イカゲソ天、うまい!”と
思ったんです。
“イカゲソ天、おいしいけど
メイン料理で見たことない、
居酒屋で
アルコールのつまみで、
いつも脇役だなぁ”って
感じたんです。
“なぜ、烏賊の刺身、
烏賊そうめんのような
メジャー路線(主流派)に
なれなかったのかぁ!?”
って、ふっと思いました。
でも、食べ物の世界には、
このイカゲソ天と烏賊の刺身の
ような関係性、
マイナーとメジャーがある
と感じます。
鶏手羽先
に対して
鶏モモ肉、
牛タン、牛モツ、ホルモン焼き
に対して
サーロインステーキ
などが挙げられます。
なぜ、マイナーとメジャーが
生まれたのか、
考えさせられます。
このような事例は、
食べ物の世界だけでなく、
人間社会にも
起きていると思います。
主流派と少数派と
いうグループ分けです。
私は職業が
心理カウンセラー・
セラピストなので、
悩みを抱えていらっしゃる方々の
お話しを伺いますが、
そのほとんどが少数派に
属すると
思い込んでいる方が多い
と思います。
例えば、
“私は自信がなく、
人と関わる事が怖い、
コミュニケーションが苦手
な少数派の人間です”
と思い込んでいる方々です。
では、なぜ上記の方々は、
“少数派である”と
思いこんでしまったのか、
まず少数派であると
自覚するために、
自分以外の他者と
もしくは集団の中で
比較をします。
他者と比較してみて、
同じなのか、それとも違うのか、
自分の立ち位置を
確認していきます。
“自分は他者とは違う”と
認識してはじめて、
自分が少数派であることを
自覚するのがプロセスですよね。
そして、少数派に
属していると
思いこんでいる人達は、
内密に主流派に
属するために、
人知れず努力を重ねる、
散々、血のにじむような努力を
重ねても改善が見られず、
結果諦めてしまう、
もしくは、
少数派であることを
ひた隠しにします。
それは、少数派に
属することが
“危険だ”
“怖い”
“悲しい”
などの
負の感情を煽られる
からだと思います。
また少数派は、自分自身が
少数派であることを
隠しているので、
時折、他者からの
心無い言葉に傷ついて、
さらに少数派であることを
露呈することを回避する
プログラムを強化してしまう
負のスパイラルに
巻き込まれていくのだと思います。
“少数派である”と
思い込んでいる人達は、
自分自身を守るために、
周りの人達から見たら
利己的に写るような
立ち振る舞い、
とにかく主流派の人達と
交わらない行動をせざるを
得ない状況になり、
さらに孤立が進んだ結果として、
“少数派である”という
現実が確立されていくのだ
と思われます。
では、
“この少数派の方々は、
改善される余地は
ないのか!?”
という
問いをお持ちになると
思います。
答えはあります。
タイミングとしては、
“底付き現象:
もうこんな状態、
絶対嫌だから抜け出したい”
と
決心した時だけ、
抜け出せる
可能性が与えられると
思います。
ただ、私が推測するには、
この“底付き現象”を
経験しても、
それでも少数派に
居続けようとする方々が
多いと思います。
ですから、
“底付き現象”を
経験したからといって、
必ず少数派を
抜け出せるとは
限らないと付け加えさせて
頂きます。
少数派に居続ける理由は、
上記でも述べさせて
頂きましたが、
少数派に属することで、
安心安全欲求が
満たされたり、2次利得を
得られているので、
主流派に進むためには、
この状態の
自分自身を手放す
覚悟があること、
主には
恐怖心・悲しさに
耐えられるだけの
勇気・決心
があること、
この条件が整っていないと
自分自身を
作り変えていくことが
困難になるのだ
と思われます。
“少数派である”
と思い込んでいる人達が
“底つき現象”
を経験して、
本当に自己変革を
したいと思った時、
最善の方法のひとつとして
心理療法があると思います。
心理療法を受けることによって、
少数派が如何に
思い込みであったか、
少数派に属してきたことで
如何に恩恵を
受けることができたのか、
主流派に行くために
少数派に属することが
必ず必要だった、
決して時間を無駄に
使ったのではなく、
むしろ豊かな人生の時間
を過ごせた、
そして本当は少数派、
主流派などない、
ということが理解して
頂けると思います。
気になる方は、
是非、私にご相談くださいね。