A子さんのご両親は、
A子さんが幼い時に
離婚をしてしまい、
お母さんと2人で
暮らしていました。
お母さんは再婚相手が
見つかり、一緒に暮らし
始めましたが、
その新しいお父さんから
性暴力/虐待を受ける
ようになってしまいました。
子供心に、お母さんには、
気遣って
“性暴力/虐待”の
事実を話さない
でいました
(お母さんを
傷つけたくないと
思ったそうです)。
そして、遂にお母さんに、
その行為はばれて
しまいましたが、
お母さんは
特にA子さんには
何もしてくれません
でした。
おそらく、
経済的な問題で、
新しいお父さんと
離婚することを
躊躇ったと
推測されています。
そのような成育環境で、
A子さんは常に、
“お母さんのために、
我慢しないといけない”
“世の中の大人はみんな、
私を守ってくれない”
“性暴力を受けている
私は何のために生きて
いるんだろう!?”
などと思っていて、
学校では、
陰湿ないじめられる
対象になりましたが、
いじめられていることを
だれにも相談できない
でいました。
そして、
中学、高校に進むと
不良グループと
つるむようになり、
喫煙、薬物/シンナー遊び
を覚えていったそうです。
そして、紆余曲折があり、
高校卒業して、
友達と一緒に
興味本位で行った
新宿ホストクラブで、
担当ホストに出会い、
真剣に話を
聞いてくれたり、
A子さんが
どんな事を話しても
全て肯定してくれること、
お姫様級の待遇を
体験して、
“楽しい、安心できる、
満たされた”と
思えたそうです。
後は、ホストクラブ通い
が白熱して、
“ホス狂い”になり、
通うお金を稼ぐために、
昼職を辞めて、夜職に
転職されて、
給料90%:100万円~
200万円を担当ホストに
貢いでいたそうで、
寝る時以外は、
仕事で働いている時も、
ホストクラブの事を
考えていたそうです。
そして、
ずっとこの幻想的な
幸せが続くと思われた
矢先に、
性風俗産業では
年齢によって
賞味期限があり、
ある年齢を超えると
お客さんがつかなくなる、
つまり以前より
稼げなくなる
状態になるそうです。
その状態になった時に、
A子さんは、
今まで貢いでいた
担当ホストから
(関係を)
切られてしまい、
そんな酷いことを
されても、
A子さんは、
一生懸命に働いて、
稼いだお金で、
担当ホストが
お店No1になるために
貢ぐことが
私の生きていると
実感できること、
そうでないなら、
生きている意味ない、
という趣旨のお話を
されていました。
A子さんは、
成育環境で
学習してしまった、
“自分は生きる価値がない”
“いなくなりたい”
“私は大切に扱われない存在”
などの思い込みを
持ってしまい、
その空虚感、虚無感を
一時的に埋めてくれる、
忘れさせてくれる
ホストクラブに
ハマっていったの
かもしれません。
依存症は、
H・A・L・T
(ハルト;
Hungry:飢え、
Angry:怒り、
Loneliness:孤独、
Tired:疲労)
の切っ掛けがあった、
もしくは重なった時、
人間は何か依存対象を
求めると言われています。
依存対象は決して
正方向の相関関係
(快感を得るため)
でなく、負方向の
相関関係
(その依存対象
と共にいる
時だけ嫌な事が
忘れられる)
であるので、
依存性が
重度化して
しまいます。
依存症に
陥っている人達は、
基本的に他人に、
自分が依存症で
あることを口外する
ことはありませんし、
他人から指摘されても、
認めません。
依存症は否認の病です。
依存症でないと
思っている人達は、
依存症者に対して、
“人に迷惑を掛けず、
自立しなさい”
“自分一人で生きていく
力をつけなさい”
などといって、
自立を促しますが、
本当の自立って、
どういう状態なのかを
考えさせられます。
東京大学先端科学技術
研究センター准教授
熊谷 晋一郎先生
が自立と依存について、
とても秀逸な
言葉を残されています。
“自立とは依存先を
増やすことである。”
自立は依存の
反対語として、
用いられていて、
誰にも頼らず
生きていくような
イメージがありますが、
どんな人でも生まれながら
誰にも依存せずに
生きていくことは出来ない。
親だけに依存した状態から、
徐々に社会の中に
依存先を
増やしていくこと。
それこそが
自立なのだ・・・・。
各種依存症を
勉強しているとよく出てくる
言葉で
“Addiction(依存)の
治療には、
Connection(繋がり)
を持つことである”、
という言葉があります。
依存症は
他人事ではありません、
一人で悩まないで、
是非、ご相談くださいね。
あなたの勇気を
お待ちしています。