突然ですが、
皆さんは感情豊かに
生活をなさっていますか、
それとも感情表現することは
苦手だとおもって
いらっしゃいますか、
私のところに相談に
いらっしゃる
クライアントさんで、
“感情を失くしたい”
“悲しみや怒りで、
もう苦しむのは嫌だ!”
と訴えていらっしゃる方が
時々いらっしゃいます。
その方のお話によると、
日常生活を送っていると、
周囲の人達の振る舞い、
言動を見ているとムカつく、
それでも、
そのムカついた気持ちを
そのまま表現してしまうと、
人間関係が
破綻してしまうことが
予測されるので、
我慢して言わないという
プロセスを何度も何度も
繰り返していると、
ある時不意に涙が流れたり、
全く意図していなかったのに、
ヒステリーを起こして
ブチギレてしまったり、
何に対しても
急にやる気がなくなったりして、
情緒不安定な
自分自身に
気が付くのだそうです。
別の事例では、
とにかく人と接することが苦手、
という方、
“私は暗いから、他人から嫌われる”
“女子3人いたら、2人と1人に
なって、私は必ず1人になる”、
何も悪いことしていないのに、
嫌われいることが
悲しいという感情、
他人と接すると知らない間に
嫌われてしまうという
恐怖感情が
いつも付きまとっていて、
ずっと周囲を
気にしているので、
気が休まらない、
という相談がありました。
どちらのケースにしても、
“怒り”や
“悲しみ”や
“恐怖”の
感情に乗っ取られていて、
その感情を感じることを
回避するために、思考機能が
使われていて、
ご自身をリラックスするため、
楽しませるためには
一切使われていないことが
理解できると思います。
言わば、ネガティブ感情に
使われている、
奴隷状態にある訳です。
また、
この事例のような
経験をされれば、
“感情を失くしたい”と
言われる気持ちは
痛いほど理解できます。
感情機能は、
人間は集団、共同体の中に
生きる時、他人が今、
どのような状態であるのか、
を推し量るためには
絶対に必要なものです。
“人間が社会性のある動物だ”
という言葉は
よく聞いたことがある
と思います。
人間は、生きていく際に、
様々な共同体に属します。
家族、学校、会社、
地域、日本などの
共同体です。
そして、その共同体に
属した際に、“向社会性”という
特性が機能し始めます。
向社会性とは、自分が属している
共同体構成員または共同体全体に
対して、役に立とう、
という心の動きと
行動のことであり、
この特性を持っていること
自体が
“人間は社会性のある動物である”
といわれる由縁です。
この向社会性を
発揮する行程で、
自分以外の構成員が
何を欲しているのか、
を察知する際に、
感情機能は
絶対に欠かせません。
他人に対して、
心底、共感や
理解を示すことで、
他人と深く友好関係を
気付くことが出来たりしますし、
時に、安心・癒しを
与えたりすることもできます。
全て、感情機能を使って、
他人が置かれている立場に
立って何を感じるか、と
意識を向けてみると
自分自身の身体も
共鳴する感覚を体験することで、
適宜、他人を理解するために、
感情機能は不可欠な訳です。
そして、
“人間は社会性のある動物である“
からこそ、向社会性が
うまく発揮できずに、
他人から物理的、心理的に
攻撃されていると
感じてしまいますと、
その状態があまりにも
辛いので、感情機能を
麻痺、遮断させ始めます。
その状態は、
アレキシサイミア(失感情症)と
呼ばれる状態で、自分の内側で
何を感じているのか、
それを言葉で表現することが
苦手であるという特性があります。
全ての感情に対して、
見られる場合もありますが、
ある特定の感情にのみ
発生する場合もあります。
総じて、感情機能を使うと、
周囲のいろいろな刺激に
身体が自動的に反応して、
不本意にも関わらず
辛く、苦しいので、
そもそも感じないようにしている、
もしくは、感情は感じるけれど、
それを表現できないように
しているがあります。
いずれにしても、
生き辛い、苦しいのは変わりません。
感情は
適切に使えている状態では、
周囲の人達と共感でき、
理解を得られ、幸せである、
楽しい感覚が
もたらされると思います。
周囲の他人の感情を
過剰に感じ始めると、
共感ではなく、同感し始めて、
苦しんでいる他人と同じように
苦しみを感じてしまいます。
苦しんでいる他人がいると、
自分自身も苦しみを
感じてしまうので、
無意識的に、お節介に、
他人を助け続けさせられることで、
ご自身の生気がなくなってしまい、
生き辛さを感じます。
逆に、
アレキシサイミア(失感情症)
と呼ばれる状態では、
周囲の他人が
何を欲しているかがわからないので、
他人と接することが怖く、
人間関係がうまくいかずに、
生き辛さを感じます。
感情機能は素晴らしい道具ですが、
両極端にふれた時には、
人間を苦しめてしまいます。
なんらかの条件づけられた
環境下で、両極端に
なってしまった方々は、
心理療法を用いて、
適切に作動するように
戻すことが出来ます。
そして、
その苦しみを乗り越えた時に、
同じ症状で苦しんでいる人達を
救うことが出来、辛く、
苦しかった経験は、
昇華することができます。